洗濯機が壊れて、贅沢な時間を過ごす

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私の中での壊れると困る家電ワースト3は冷蔵庫、電磁調理器、洗濯機です。
冷蔵庫はやはりたくさんの食べ物を保存しているので、壊れたら中身がダメになってしまうので困るし、電磁調理器は食事を作れなくなるのでやっぱり困る。
そしてほとんど毎日2回洗濯機を回している我が家では、洗濯機もなかったら困ります。

しかし、困るとは言っても壊れる時は壊れる。
今のところ冷蔵庫は10年以上使っていますが問題なし。
数年前に導入した電磁調理器もまだ大丈夫。
でも4年前くらいに購入した洗濯機がなんと金曜日に壊れました(泣)
たった4年なのに…と思ったのですが毎日2回も回していればそうなっても仕方がないかもしれません。
これは書きながら思い出したのですが、昔従兄の家が4世代同居家族で、お嫁さんは一日中何度も洗濯をしていたのですが、やっぱり洗濯機は数年ごとに壊れて買い替えていました。

早速近所の家電量販店へ行ってきたのですが、毎回のことながら夫と洗濯機をあぁでもない、こうでもないと10分以上見ていても、誰も声をかけてきません(苦笑)
結構近くで私たちが丸見えのところに3人くらい店員さんはいるのに、誰も声をかけてこない。
何を購入したかは覚えていませんが、以前、別の家電量販店で商品をレジに置いて待っているのに、レジにいる3人の店員は完全に私たちが存在しないかのように無視しておしゃべり。
レジは個別のレジではなく、カウンターに3台くらいレジが並んでいるようなタイプだったのですが、それにしても3人との距離はカウンターを挟んで1.5m以内。
しかも買う気満々で商品を置いて待っているのに無視です。
さすがにこの時は呆れたので、カウンターに商品を置きっぱなしにして、別のお店で同じものを購入しました。
もちろんすべてのお店がこんな風ではないですが、日本と比べたらこういうことは日常茶飯事です。

でも今回欲しいのは洗濯機。
急を要します。
気が付いたら周囲に店員が誰もいなくなっていたので、カウンターまで行って呼んできました。
来てくれた担当の女性はとても親切で、AEGとSamsungで迷っていると色々と説明してくれました。
この担当の人もそうですが、フランスのお店の店員さんは話せば良い人が多く、基本的に本音トークの人が多いです。
お店が売りたい商品を押してくることはあまりなくて、率直な意見やアドヴァイスをくれるので、そういう部分は結構好き。

説明によると、Samsungは洗濯中などに後入れ出来る小さなドアがついているなど、それぞれの特性や機能の違いはあるものの、
ここ数年の洗濯機はメーカーによる性能の違いはほとんどないに等しいとのこと。
それよりも現在使っていた8キロタイプは5人家族には小さすぎるので9キロの方が良いと言われました。
それを踏まえて今回購入を決めたのが写真のAEGの洗濯機。
日本円にして約9万ちょっと(2020.7.26現在のレート1€=123円で計算)。

機種が決まったので次は配達の手配です。
でもこれがまたフランスでは時間がかかるのです。
一番早い配達で水曜日の朝9時から13時の間。
そう、時間のレンジが幅広いのもフランスならでは。
夫は月曜日から仕事ですが、我が家は私が家にいるのでこんなあやふやな時間でも構いませんが、普通に仕事をしている人は半休を取ったりしなければならないので全く不便です。

とにかく水曜日に配達してくれると同時に古い洗濯機も引き取ってもらう手続きをして帰宅。
さて、水曜日まで洗濯機は届かないので、それまで洗濯物をためておくわけにもいかず、義両親宅の洗濯機を借りるかコインランドリーへ行くか。
ちょうど上の娘が義両親宅へお泊りに行って留守にしているので1人分洗濯物が少ないし、ちょうど洗濯機が壊れる寸前にシーツなどの大物を洗ったばかりだったので、下着やTシャツなどだけ手洗いして、その他は水曜日まで待っても大丈夫と判断。
季節がら夏物の服は布の面積も狭いし、薄いので洗うのもそんなに大変じゃないし、外に干しておけば数時間で乾くので早速翌日から手洗い。

まずは湯船に少しぬるま湯を張り、洗濯洗剤を入れてから洗濯物を投入。
洗う前は当然面倒だなと思っていたのですが、始めてみるとこれが結構良いのです。
別に楽しいとは言いません。
でも良いんです。

毎回ではないですが、掃除や皿洗いをしている時に感じる集中している感じと似ているのですが、黙々と作業をしている時に訪れる心の平和とでもいいましょうか、手洗い洗濯をしているとそういう気持ちになるんです。
いわゆる作務と同じですね。
お寺のお坊さんや見習いさんたちは作務という修行を通して、自らの心を見つめるということを毎日行っているわけですが、だいぶ昔に日本のテレビでお寺に数日住んで就業体験をする人を追った番組を見たことがあります。
お寺の朝はトイレ掃除から始まり、広いお寺の廊下をぞうきんで拭くなど、掃除が大きな割合を占めるのですが、それを体験する人は、初めのうちは嫌々だったのがどんどんと心の状態が落ち着いてきて、最後の方は黙々と掃除をしている姿から清々しささえ感じるくらいに、心の状態が澄まされたようでした。

私が感じているのもまさに同じようなことなんだと思います。
ながら仕事ではなくて、ただ洗濯に集中するなんて、手洗いじゃなければ出来ないですよね。
それでなくても現代では便利なものがたくさんあって、その便利さのおかげであれもこれも同時進行。
機械に任せられるお蔭で時間に余裕が生まれて、気持ちにも余裕が生まれるはずが、空いた時間にあれもこれも詰め込んで、効率よく動いているつもりでも、やっぱりあくせくしていると何かをやり遂げた時に感じる達成感もあまり得られず、1日があっと言う間に終わって色々忙しかったのに、さて何をし遂げたのか?と思えば、実際実のあることはほとんどなかったり。
そんなことを感じながら洗濯をしていると、そのうちこうして洗濯物を手洗いしている時間って、ある意味現代では贅沢なのかも知れないと。
私の場合、数日で洗濯機が届けば手洗いはしなくていいと分かっているので、それを楽しむ心の余裕があるのかもしれませんが、洗濯機が発明される以前の時代ではやっぱり面倒な重労働だったのかもしれません。

でもちょうどこのタイミングで昨夜、ポルトガルに関するテレビ番組を見たのですが、そこにたまたま公共の洗濯場で洗濯を楽しむおばあちゃんたちの様子が映されいました。
もちろんポルトガルでもこうして公共の洗濯場はほんの一部で、ほとんどの家庭では洗濯機で洗濯をしています。
でもおしゃべりをしながら、それぞれガシガシと洗濯物を洗う女性たちの表情の生き生きとしてること。
作務とは違いますが、どちらにも共通しているのが電機や機械に頼るのではなく、人が自分の力で作業を行っているということ。
そして自分が洗った洗濯物がきれいになっていく過程を感じ、洗い終わった後の達成感はやはり機械などを通して遂げたこととは一味も二味も違う気がします。

少し前から生活に直結した昔ながらの仕事はやはり人が一番やりがいを感じられるのではないだろうかと思っているのですが、洗濯機が壊れて洗濯物を洗うことも同類だなと感じました。
もちろんこれをずっと続けるのはちょっと…と思ってしまいますが、だからこそこういう体験自体が、今では貴重で贅沢な時間に感じられるのかも知れません。




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